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名古屋地方裁判所 昭和54年(わ)1715号 判決

被告人 古賀好史

昭一七・一〇・二一生 会社員

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中二四〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、婦女に対し、自己がその近親者から性病の診療を依頼された医師であると偽つたうえ、言葉巧みに詐言を用いて、同女をして、性病に罹患しており、被告人の指示する方法による治療を受けるほかないものと誤信させて心理的に抗拒不能の状態に陥らせたうえ、治療行為を仮装して同女を強いて姦淫しようと企て、

一  昭和五三年九月一二日午前一一時四〇分ころ、名古屋市中村区名駅一丁目一番四号国鉄名古屋駅新幹線ホームにおいて、茨城県土浦市在住の姉東田松子方を訪れるべく、事前に同女に出迎えなどを依頼したうえ、折から列車待ちをしていた甲野春子(当時二五年)に対し、予め同女が乗車券等購入申込書にその氏名を記載するのを現認して、同女の近親者を装つて近づき、「間に合つてよかつた。甲野春子さんですね。姉さんは用事があつて迎えに来れない。あなたの名前は姉さんの結婚式の写真を見て知つている。」など虚構の事実を申し向けて、同女をして右東田方への訪問を中止させ、同日午前一一時四八分ころ言葉巧みに同女を同区椿町六番一号喫茶店「ふじ」に誘い込み、同女に対し、自己が同女の姉の知り合いの産婦人科医師「はせべかずお」であると偽つたうえ、「実は言いにくいことだけど、あなたのお母さんも、あなたのお姉さんも梅毒にかかつています。あなたも遺伝して、あなたも感染しているかもしれません。お姉さんから検査してくれるようにと頼まれています。病院で検査をして梅毒にかかつていれば戸籍にも載ります。」などと虚構の事実を申し向けて、同女をしてその旨誤信させたうえ、同日午後零時一五分ころ、梅毒検査のためと称して同区椿町二番一三号「三和ホテル」五号室に同女を連れ込み、同女に対し、「梅毒は一期から四期まであり、あなたの場合はかかつていても一期か二期だと思います。検査の用意をしますから、服を脱いで横になつて下さい。」などと申し向けて、梅毒検査に必要であると誤信した同女をして同室内のベツドに全裸で横臥させ、触診・打診を装つてその胸部、背部を指で押すなどし、更に所携のチユーブ入りの受胎調節剤であるいわゆる避妊用ゼリーを梅毒の検査薬と偽つて同女の腟内に注入するなどして、検査を実施したもののように装い、同女に対し、「やはりあなたも梅毒に感染しています。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして梅毒に罹患しているものと誤信させ、医師であると信じている被告人よりそのような予想もしなかつた検査結果を告知されたことによる驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた状態に陥つている同女に対し、更に「あなたは梅毒の治療方法について知つておりますか。男性の場合は性器が外に出ているので直接薬をつけたりして治すことができるが、女性の場合は難しい。ただ女性の場合は、男性の性器にこの薬を塗つて女性の性器に入れて性交すると梅毒の菌が七〇パーセント男性に移ります。三〇パーセントは女性に残るがあとは飲み薬で治ります。あなたもこれから結婚しなければなりません。早く治しておかないといけません。病院ではこのような方法をとるとあなたも恥ずかしいでしよう。私はあなたのお母さんやお姉さんからも頼まれていますので、私が菌をとつてあげたいと思いますがいかがでしようか。もし駄目ならあとは手術するしかありませんが、手術は苦しいですよ。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして自己の罹患している梅毒をひそかに治すためには、近親者が依頼した医師である被告人の説明どおり被告人との性交の方法による治療を受けるほかないものと誤信させて心理的に抗拒不能の状態に陥らせたうえ、そのころ同所において治療行為を仮装して同女を強いて姦淫し、

二  昭和五四年八月二三日午前一一時三〇分ころ、前記国鉄名古屋駅構内において、大阪から到着し、折から西田一郎の出迎えを受けるべく同人を待つていた乙野夏子(当時二一年)に対し、予め同女が右西田に架電しているのを聴取して、右西田の知人を装つて近づき、「人違いだつたら御免ね。もしかするとあなた大阪から来たのと違いますか。僕が西田さんの代わり迎えに来ました。」などと虚構の事実を申し向けて、同女をして被告人が右西田の依頼で同人に代わりに迎えに来てくれたものと誤信させたうえ、同日午前一一時四五分ころ言葉巧みに同女を同区名駅四丁目七番二五号先名古屋駅前サンロード地下街所在の喫茶店「ニユウボーンいえろー」に誘い込み、同女に対し、自己が右西田の知り合いの医師であると偽つたうえ、「実はあなたのお母さんは性病の重い病気にかかつているということです。西田さんの紹介であなたのお母さんから電話をいただきました。第三者の私があなたに話をすることになりました。実はあなたのお父さんが若い時熊本で遊んで性病になり、それがお母さんに移り、あなたにも遺伝して移つている。性病は伝染もするしあなたの場合は先天性です。結婚にも差し支えます。性病は病院のカルテをとおして戸籍に赤字で書かれます。お母さんからも泣いて頼まれましたので私が性病であるかどうか診てあげましよう。」などと虚構の事実を申し向けて、同女をしてその旨誤信させたうえ、同日午後零時二〇分ころ、性病検査のためと称して同区名駅四丁目二四番二一号ホテル「平湯」三〇三号室に同女を連れ込み、同女に対し、「性病には第一期と第二期がある。第一期だとまだ軽くていいけど第二期だと重い。服を脱いでベツドに寝なさい。」などと申し向けて、性病検査には必要であると誤信した同女をして同室内のベツドに全裸で横臥させ、触診・打診を装つてその背部等を指で押すなどし、更に前同様の避妊用ゼリーを性病の検査薬と偽つて同女の膣内に注入するなどして、検査を実施したもののように装い、同女に対し、「性病の第一期後半の症状です。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして性病に罹患しているものと誤信させ、医師であると信じている被告人よりそのような予想もしなかつた検査結果を告知されたことによる驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた状態に陥つている同女に対し、更に「産婦人科で知つた人、あるいはかかりつけの所がありますか。この治療方法は、男の性器に先程の薬を塗り、女の性器の中に入れて治療します。他のものでやると女の性器に傷がつくからです。治療すると女性は七〇パーセント位治ります。あとは飲み薬で治ります。男の場合は性器に集中するので直接注射をすれば簡単に治ります。僕も家庭があり、このようなことはしたくないのですが、あなたのお母さんからも頼まれているので、よろしかつたら私が治療します。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして自己の罹患している性病をひそかに治すためには、近親者が依頼した医師である被告人の説明どおり被告人との性交の方法による治療を受けるほかないものと誤信させて心理的に抗拒不能の状態に陥らせたうえ、そのころ同所において、治療行為に仮装して同女を強いて姦淫し、

三  同月二九日午後零時三〇分ころ、前記名古屋駅構内において、折から南田竹子と待ち合わせていた丙野秋子(当時一九年)に対し、予め同女が右南田に架電しているのを聴取して、右南田の知人を装つて近づき、「南田さんをお待ちですか。南田さんはあとから遅れて来ます。」などと虚構の事実を申し向けて、同女をして被告人が右南田の知り合いのものと誤信させたうえ、同日午後一時ころ、言葉巧みに右丙野を前記喫茶店「ニユウボーンいえろー」に誘い込み、同女に対し、自己が右南田の知人で愛知医大の教授「にかいどう」であると偽つたうえ、「実は困つたことになつたのです。お母さんが病気だということはあなたに知らされていなかつたのでしよう。お母さんが南田さんのお母さんによく知つた名医を紹介してほしいと言われ私が来ました。実はお母さんは梅毒にかかつています。梅毒は第一期から第四期まであつて、悪いことにあなたのお母さんはかなり進んでいる。あなたも梅毒にかかつているかもしれません。お母さんから是非検査をしてほしいと頼まれました。びつくりされただろうが、お父さんとお母さんの不始末でこのような結果になつてしまつたことだから、なかなか言い出せず、今日までおられたのでしよう。あなたが名古屋に出て来られた機会に検査を受けさせようと考えられ、今日あなたが家を出られたあと思い立つて私に連絡されたのです。検査をしてもいいですか。お母さんから、皆に知られない所で検査をするようにと頼まれています。」などと虚構の事実を申し向けて、同女をしてその旨誤信させたうえ、同日午後一時三〇分ころ、梅毒検査のためと称して前記ホテル「平湯」二〇八号室に同女を連れ込み、同女に対し、「あなたも少しは知つていると思いますが、梅毒は第一期から第四期まであつて、第一期は口のまわりに斑点が出て、その後徐々に梅毒の菌が下に下つていくのです。こういう場所では本当はやりたくないんだけど。服を脱いで横になつて下さい。」などと申し向けて、梅毒検査に必要であると誤信した同女をして同室内のベツドに全裸で横臥させ、触診・打診を装つてその胸部、背部を指で押すなどし、更に前同様の避妊用ゼリーを梅毒の検査薬と偽つて同女の膣内に注入するなどして、検査を実施したもののように装い、同女に対し、「検査をしたが第一期症状という結果が出ました。あなたはキスをしたことがあるので、口のまわりの菌が下つているのです。あなたのお母さんは、うちの子は真面目だと言つておられ、治療は簡単だと思つていたが、菌が下に下つてしまつています。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして梅毒に罹患しているものと誤信させ、医師であると信じている被告人よりそのような予想もしなかつた検査結果を告知されたことによる驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた状態に陥つている同女に対し、更に「夫婦の場合は、夫婦生活を通じて治療します。男性と性交することによつて治ります。その方法は、男性の性器にこの薬を塗つて性交すれば梅毒菌の七〇パーセントは男性に移り、あとの三〇パーセントは女性に残りますが、女性はあとで飲み薬で治ります。男性は性器が外に出ているので直接性器に注射することができるので女性よりは簡単に治るのです。結婚前の娘さんの場合は治療が非常に難しい。カーテンを引いて治療を受ける女性と男性の顔を見えないようにしなければならないと法律で決まつています。しかし、私はあなたのお母さんから何とか力を貸してほしいと頼まれました。私も夫婦生活を二週間はやめなければならない。普通の先生は頼まれても引き受けないが、私はあなたのお母さんから頼まれましたので仕方がない。いいですか。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして自己の罹患している梅毒をひそかに治すためには、近親者が依頼した医師である被告人の説明どおり被告人との性交の方法による治療を受けるほかないものと誤信させて心理的に抗拒不能の状態に陥らせたうえ、そのころ同所において、治療行為に仮装して同女を強いて姦淫し、

第二、医師であると偽つて、梅毒等の検査治療費等に籍口して金員を騙取しようと企て、

一  昭和五二年九月一七日午後一時ころ、同区椿町六番九号先エスカ地下街株式会社「ヤマダ洋品店」前通路において、折から同地下街を見物中の丁野冬子(当時二一年)に対し、自己が同女の実母の知り合いである盛岡市民病院の医師「はせべ」であると偽つて、同日午後一時五分ころ、同女を同地下街所在の喫茶店「パリシエエスカ店」に誘い込み、同女に対し、同女の実母から同女の梅毒検査を依頼された旨虚構の事実を申し向け、その旨誤信した同女を、同日午後一時五〇分ころ、言葉巧みに前記「三和ホテル」に連れ込み、前同様の避妊用ゼリーを梅毒検査薬と偽つて同女の膣内に注入するなどして、検査を実施したもののように装い、同女に対し、「梅毒に罹患しており、男性と性交すれば治る。」旨虚構の事実を申し向けて、同女と性交のうえ、そのころから同日午後三時五〇分ころまでの間、同所から前記エスカ地下街所在の喫茶店「コロンビアエスカ店」前に至る間において、同女に対し、「薬を買わなければならない。薬は高い。今持ち合わせの金がない。検査をする薬に四万円位使つてしまつた。今薬を買う金がないので貸して下さい。七万円足りない。明日午後一時に新幹線北改札口で返します。」などと虚構の事実を申し向け、同女をしてその旨誤信させ、よつて同日午後三時五〇分ころ、前記喫茶店「コロンビアエスカ店」前において、同女から薬代の立替払い名下に現金七万円の交付を受けてこれを騙取し、

二  第一の一記載の犯行後である昭和五三年九月一二日午後一時すぎころ、前記「三和ホテル」五号室において、前記甲野春子が被告人の身分等を誤信しているのに乗じ、同女と婚姻する意思がなく、かつ同女の姉から同女との婚姻について何ら依頼を受けた事実がないのに、同女に対し、「実はお姉さんからあなたの結婚のことも頼まれています。あなたのお姉さんが、妹が名古屋にいるから、妹のあなたを見てもらつて気に入ればお嫁さんにしてもらえないだろうかと言われました。田舎の方にも話をしたら、そういう良い縁談ならいいという返事をもらつています。私と結婚してくれますか。結婚するに当つて、あなたの田舎のお母さんとしては、あなたに何もしてやれないと言つておられます。私はあなたが裸一貫で来てくれればよいと思つています。しかし田舎のお母さんとしても、また、あなたとしても気がねをしないように多少のことはしなければならないと思います。あなたが持つているお金を私に渡してくれれば、それをそつくり結納金として、私があなたの家に持つていきます。そのうちから形だけのものを買つて持つて来られれば、気がねをしなくてすむと思います。」などと虚構の事実を申し向け、更に同日午後二時四〇分ころ、前記国鉄名古屋駅新幹線ホームにおいて、同女に対し、「私は学会があるので、あなたと一緒にお姉さんの所には行けませんが、明日結納金として、あなたの実家に持つて行きますから、お金を私に預けて下さい。」などと虚構の事実を申し向け、同女をして、真実被告人が同女と婚姻する意思があり、かつ同女が手交する金員は被告人が結納金として同女の母親のもとに持参してくれるものと誤信させ、よつて即時同所において、同女から現金七〇万円の交付を受けてこれを騙取し、

三  第一の二記載の犯行後である昭和五四年八月二三日午後一時三〇分ころ、前記ホテル「平湯」三〇三号室において、前記乙野夏子が被告人の身分等を誤信しているのに乗じ、同女に対し、「安心しなさい。私に性病が移つたから、あとは飲み薬で治ります。薬代が四万七、〇〇〇円かかり、私に移つた性病を治すのにもお金がかかりますので一万円貸して下さい。治療費はあなたのお母さんから貰うことになつています。」など虚構の事実を申し向け、同女をしてその旨誤信させ、よつて即時同所において、同女から治療費等の立替払い名下に現金一万円の交付を受けてこれを騙取し、

四  第一の三記載の犯行後である同月二九日午後二時三〇分ころ、前記ホテル「平湯」二〇八号室において、前記丙野秋子が被告人の身分等を誤信しているのに乗じ、同女に対し、「安心しなさい。菌は私に移りました。あとは飲み薬で治せます。治療のための薬代が高かつたので四万円貸して下さい。」などと虚構の事実を申し向け、更にそのころから同日午後三時ころまでの間、同所から同区名駅一丁目二番二号近畿ビルサービス株式会社名古屋営業所携帯品一時預り所前に至る路上において、同女に対し、「四万円は明日南田さんの所まで飲み薬と一緒に届けておきます。治療費はあとであなたの家に請求します。」などと虚構の事実を申し向け、同女をしてその旨誤信させ、よつて同日午後三時ころ、右携帯品一時預り所前において、同女から治療費等の立替払い名下に現金四万円の交付を受けてこれを騙取し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(準強姦罪の成否について)

弁護人、被告人は、判示第一記載の各準強姦の点につき、被害者らはいずれも「抗拒不能の状態」にはなかつた旨主張するので、以下当裁判所の判断を付記する。

刑法一七八条にいう「抗拒不能の状態」には、被害者が姦淫行為に対して物理的に抵抗することができない身体的抗拒不能に基づく場合と被害者が姦淫行為に対して心理的に抵抗することができない心理的抗拒不能に基づく場合があるところ、身体的抗拒不能とは、被害者の身体が緊縛されている場合の如く姦淫行為に対して物理的に抵抗することができないと評価される場合や、身体的機能の傷害などのため被害者が姦淫行為に対して物理的に抵抗することができないと評価される場合をいい、心理的抗拒不能とは、催眠、恐怖、驚愕、錯誤などのため、被害者が姦淫行為自体を認識することが十分に期待できないと評価される場合や、更に進んで被害者が姦淫行為自体を認識できたとしても、自由なる意思のもとに行動する精神的余裕が失われ、被害者が姦淫行為に対して抗拒することが期待できないと評価される場合をいうと解するのが相当である。

そこで、本件各準強姦の成否につき検討するに、前掲各証拠を総合すると、被告人は、判示の如く、被害者或はその近親者、友人の氏名を確認して、被害者に近づき、巧みに警戒心を解かせて、喫茶店へ誘い込み、同所において自己が医師であると思い込ませ、母親など近親者が性病、梅毒に罹患しているため、被害者もそれが遺伝している虞れが強く、近親者からの依頼で検査が必要であり、しかも公然と検査すれば戸籍に登載されるとか、近親者から特に秘密のうちに検査してほしいと依頼されているなど言葉巧みに虚言を弄して、被害者をして病院以外の場所で被告人の検査を受けるほかないものと思い込ませて、ホテルへ誘い込み、その場で更に医師を装つて性病、梅毒の症状等をもつともらしく述べ、被害者に益々誤信の度を深めさせて、性病、梅毒検査の方法、結果などについて虚偽の説明をし、不安にかられた被害者がその検査に同意をせざるをえない心理状態に追い込み、正規の検査方法を装つて判示の如く避妊用ゼリーを検査薬と偽つてその膣内に注入し、被害者に対して、同女らが予想もしていなかつた、性病、梅毒に罹患しているとの検査結果が出たと告知して、被害者を驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れたうえ被害者が被告人を権威ある医師と誤信しその言動に無批判に誘導されてしまう心理状態にあるのに乗じさらにその治療方法は被告人との性交によるほかはないと言葉巧みに申し向けて、前記の如き心理状態にある被害者をして自己の罹患している梅毒をひそかに治すためには被告人の説明どおり被告人との性交による治療を受けるほかないものと誤信させて治療行為に仮装して姦淫するに至つたことが認められる。(なお、医師山内惟光作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述によると、同医師は、犯行当時における被害者らは、被暗示性の昂進した精神状態であつて、権威ある医師と誤信している被告人の言動に無批判に誘導されてしまう状態であり、催眠状態ではないが、催眠下と類似した意識状態であつたと説明する。)

叙上の認定によれば、被害者は、被告人を権威ある医師と誤信し、被害者の心理状態に即応した被告人の極めて効果的な言動により、驚愕、不安の余り冷静な判断力、批判力を欠いた極めて不安定な心理状態に陥れられ、当時の状況からして自由なる意思のもとに行動する精神的余裕を失い、被告人の説明するとおり被告人との性交による治療を受けるほかないものと誤信し、姦淫行為を拒否することは期待できない状態、即ち心理的に刑法一七八条にいう「抗拒不能の状態」にあつたものといわざるをえない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の各所為はいずれも刑法一七八条、一七七条前段に、判示第二の各所為はいずれも同法二四六条一項に各該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑および犯情の最も重い判示第一の一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をなした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二四〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の事情)

本件各犯行は、金員を騙取し、しかも被害者の警察への被害申告を未然に防止する意図のもとに、判示の如き各準強姦をなしたうえ詐欺に及んだものであり、その態様たるや判示の如く巧妙かつ言葉巧みに被害者をホテル内へ連れ込み、被害者が未婚の女性であつて、その性病に関する知識などが不十分であることに乗じて、被害者に重大な心理的衝撃を加えて、その抗拒不能に乗じて姦淫を遂げ、更に薬代等の名下に金員を騙取し、結婚資金名下に高額の金員を騙取したというものであつて、その動機、態様は極めて巧妙、卑劣で悪質な犯行というほかはないばかりか、その結果も被害者に将来回復することのできない重大な衝撃を加えたものであつて、その刑責は極めて重いといわざるをえない。しかも、被告人は本件と同様の行為をなしたことにより詐欺罪で処罰された前科を有しながら、再び本件各犯行を繰り返すに至つたものであつて、いわば常習的犯行と評価されること、その反社会的性格、被害者に対する一片の慰籍の措置さえ講じていないことなども被告人の刑の量定にあたり重視せざるをえないところである。

従つて、被害者にも一部不注意な点があること、被告人は逮捕以来一貫して事実を率直に述べ、反省の態度も認められることなど被告人に有利な諸事情を考慮しても、その責任は厳しく追及されて然るべきであつて、主文掲記の刑に処するのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 水谷富茂人 大渕敏和 相羽洋一)

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